硝子体手術から2か月・・・検診に行く [左眼の網膜裂孔]
3月27日(月)
早起きして、横浜の深作眼科に術後2か月目の検診に行ってきた。
8時前に到着して、受付名簿に名前を書いたのは、48番目。
2月28日の検診の時よりちょっと早かったが。。。
9時からの先生の診察が雨の為か、ちょっと遅れているようで、検査が終わった人も
なかなか診察に呼ばれない。。。
時間がかかるのは、慣れっこになってきたから、ただただひたすら待つ
左眼の調子もいいし、新しく作った眼鏡も快適な毎日なので、不安な気持ちなく、待てる。。。
11時過ぎにようやく先生の診察。
前回の受診の時に、「とにかくぶつけないようにしてください。」と先生から言われて
いたので、自分から「ぶつけないように気を付けています。」って言うと、
「同じ硝子体手術をしたボクサーもこの状態で試合をするのですから、 よっぽどの
強い力でぶつけたりしない限り、大丈夫ですよ!」と先生。
先生のこの言葉に3時間の待ち時間の疲れも吹っ飛ぶ。。。
3月も終わりだというのに、寒い日だったが、心はとても軽く、えりすが待つ自宅に
急いで帰った。
次回の受診は、1か月後。。。
いよいよ手術の日・・・(硝子体手術) [左眼の網膜裂孔]
2月1日(水)
5時半に目をさまし、起きる。
6時20分、タクシーを呼び、35分、家を出る。
途中、職場の先輩のAさんとMさんをひろって、駅へと向かう。
今の職場で仕事をしだして、1年だけど、このお二人には、何かと助けてもらって、
今回も気持ちよく付き添いを引き受けてもらい、本当に心から感謝しかない。
7時40分ごろ、深作眼科に到着して、1階のレストランにて朝食。
8時過ぎ、2階にあがり、受付を済ます。
そこからまた検査待ち。
もう一つ手術前にしておかないといけない検査があるのだとか。。。
10時半ごろ、ようやく検査が終わり、その後、11時ごろ、中原先生の診察。
「二人も付き添いがいるなんて、心強いね!がんばろうね!」と言っていただく。
硝子体手術の副作用として、白内障の症状になるので、一緒に白内障の手術も
するから、単焦点レンズを入れることを再度確認。(8年前、右眼は、若年性白内障で
単焦点レンズを入れているので、左右の視力のバランスでやはり単焦点レンズの方がいいとか。。 )
12時になり、ようやく5階の病室に案内される。
2人部屋をお願いしていたので、そちらへ。
そこで、手術着(といっても病院の寝巻だが)に着替え、ズボンの下には、リハビリパンツを
履く・・・・硝子体手術は、白内障の手術とは違い、少し時間も長いので、途中でトイレに行きたくなった時の
安全策だ。
そして、顔を洗うように指示される。
その後、3階の手術待合室へと向かう。
そこで、順番に呼ばれ、咳止めの薬、衛生キャップをかぶせられ、
そして処置室へ入り、点滴をされる。最初、左手の静脈に針を刺されたのだが、うまくいかなかったのか
看護師さんが「ごめんなさい。きっと青たんになると思います。本当にごめんなさい。」と
何回も謝られるので、 「気にしないでください…」と私。
全部で16~17名ぐらいいる感じ。
また待合室に戻り、ひたすら待つ。。。
後ろの席のおばさんが、「点滴の針が痛くてたまらない」と看護師さんをつかまえては、
うるさく言ってた。
みんな多少痛くても我慢してるのだから、ちょっと迷惑
外来の診察が終了してから、手術開始になるそうで、いつか始まるのか皆目見当がつかない。
14時近くなってもまだ誰も呼ばれない。。。
AさんとMさんには、昼食を食べに行ってもらう。
14時半ごろになり、ようやく3名ぐらい呼ばれる。
ようやく手術が始まる感じ。。。
「処置室に入る前にトイレに行ってください。」と言われている。
なかなか呼ばれない。。。
1時間経ち、2時間経ち、3時間経ち・・・・
おそらく私は、急に手術が決まったので、これは、もう最後の方に違いない
ようやく処置室に呼ばれたのが、17時半ごろ。
そこへ入ると、手術を終えて、麻酔が覚めるまで待っている人たちが4名ほど。
それからこれから手術を受けるために、眼の消毒、麻酔の注射を受け始めている人が2人ほど。
いよいよ私の順番だ!
まずは、消毒から。
ちょっとしみるが、大丈夫。
次は、球後麻酔の注射。
中原先生が、「ちょっと痛いけど、ごめんね」と声をかけてくださる。
それだけで、ありがたい。
点滴の方が痛かったかも(笑)
それから30分ぐらいたっただろうか?
場所を移動して、手術室の前の椅子に座る。
そこで、再度「トイレは、大丈夫ですか?」と聞かれる。
待ってた5時間の間、ほとんど水分を取らず、トイレだけは、3回行ったので、もう
でるものもない。。。
いよいよ手術室に・・・。
思ったより、ずっと広い部屋だなぁというのが私の印象。
手術の椅子に座り、倒されて、あおむけになる。
顔の上にカバーをかぶされ、左眼だけが空いているのだが、
その左眼は、視力が全然ないので、器具など何も見えない。。。
8年前の白内障の手術の時には、「目を動かさないで!」と何回か言われたのに、
そんなこともなく、あっという間に白内障の方の手術は終わった感じで、
その後は、いよいよ硝子体手術。
眼の中にカッターが入り、その先端の形は、よくわかった。
途中、ちょっと痛かったら、先生が「痛いかもしれないね」と言い、
麻酔が追加され(たぶん)そして、また硝子体が削られていく。
なんだか不思議な感覚。
ほとんど痛みもなく、手術は終了。
処置室でしばらく休み、その後、AさんとMさんに付き添われて、5階の病室に
戻ったのが20時前。
すぐにうつ伏せ寝をする。
AさんとMさんは、それから帰られたので、本当に長く付き添ってくださって、
申し訳なかった。。。
20時半ごろ、食事が運ばれてきた。
朝食以降、飴とチョコしか食べてなかったから、本当においしく、完食
その後、歯磨きを終え、床に就く。
うつ伏せ寝、途中で、腰が痛くなり、夜中に起きて、正座してうつむいている時間もあった。
なかなか熟睡はできない。
2月2日(木)
お隣の方が声をかけてくださって、カーテン越しにちょっとお話しする。
食事は、1階のレストランから運ばれてくる。
食事の時にお話しするのが楽しみだった。
お隣の方は、白内障で多焦点レンズを入れられたそう。
11時ごろ、中原先生の診察があった。
「パーフェクトだよ!」と。
それだけで、すごくうれしくなる。
昼食
晩御飯は、カーテンを開けて、一緒にお食事をした。
夕食
左眼は、ちょっと傷みがあるので、枕元に置かれていたバファリンを何回か使う。
やっぱりうつ伏せ寝の夜が長い・・・・・
手術前日 [左眼の網膜裂孔]
1月31日(火)
朝一番、S医大の予約が入っていたので、「体調が悪いので、行けない」と予約をキャンセルする。
その後、仕事先各所に連絡をし、休みをもらう。
健康保険協会にも連絡し、『限度額認定申請書』を支給発行してもらう。
3週間療養するとなると、朝からすることがいっぱい。
本当は、この日からオハナちゃん家、アニトレ家と一緒に雪遊びにしていた。
ずっと楽しみにしていたのに、行けなくて本当に残念
えりすは、オハナちゃんちが迎えに来てくれて、一緒に雪遊びに連れてもらうことに
なっている。
ありがたい・・・。
11時ごろ、オハナちゃんちが迎えに来てくれ、えりすは喜んで車に乗り込む。
きょうから2週間ほど会えなくなるって本犬は、わかっていない・・・
えりすを見送った後、入院準備品の買い物に出かける。
駅まで歩き、2駅先のユニクロへ。
一応、入院は2泊3日だけど、その後は、病院近くのホテルに滞在するように言われている。
2月10日までは、うちに帰れないということなので、その分の下着とか部屋着とそして、
うつ伏せ寝をする時に少しでも楽なように円座クッションを購入。
帰宅後は、入院準備品、ホテル滞在品をそれぞれ用意。
そうこうしていると、オハナちゃんのママさんから、「到着しました!」と
メールが来る。
あたり一面、何もなくて素晴らしい雪原!
行きたかったな~
夕方、宅配便でホテル滞在用荷物を出した後は、
夕食を早めに済ませ、翌日のために早めに就寝することに。
深作眼科に行く [左眼の網膜裂孔]
1月30日(月)
朝、早起きして、えりすの散歩を済ませ、 6時半に家を出る。
横浜方面へ向かう最寄駅まで徒歩で20分ほど。
朝の空気が冷たい・・・
予定していた電車に乗り、横浜へと向かう。
横浜駅西口で眼科のお迎えバスに乗り、8時ちょっと前に深作眼科に到着。
とても立派なビルだ・・・
1階のエントランス付近には、すでにたくさんの人。
「初診の方」の記入欄に名前を書く。
3番目だった。。。
8時になり、係りの人が出てきて、2階の受付を行くようにうながされ、みんな順番に
階段を上がっていく。
受付を済ませ、待っていると8時半から、検査が開始され、ほどなくよばれる。
事前に症状を記入し、どういう治療を受けてきたかを記入して来ていたので、
検査もあまり待たずに始まった。
初診の人は、割と早めに検査→受診という流れになっているらしい・・・・
そんなこんなでいろいろの検査をしているとあっという間に2時間ぐらい経ち、
いよいよ先生の診察。
診察室は、左から、深作院長先生、鈴木先生、副院長の中原先生と3人の
先生がカーテンで仕切られていた。
副院長の中原先生のブース前で待つように指示された。
一人一人の患者さんに丁寧にお話しされている感じだった・・・
いよいよ私の番
先生がカルテを見て、その後、左眼の様子を見るなり、
「大学病院、よくこの状況を放っておいたね。あり得ない
これだけ出血して、眼底が全然見えない状態を放っておいて、何か月後かに出血が吸収された
としても剥離があったらどうするんだ。超音波診断で剥離がないから、経過観察でいいなんて、
無責任すぎる。
あさって、2月1日に手術しようね。きれいにしてあげるからね。」と先生。
この言葉で、先生にすべてお任せしようと心に決めた私。
一応、「血液の塊が見えるんです」というと
「それは、逆に網膜がちゃんと働いているってことだから、いい兆候ではあるんだよ!」と
言っていただき、この先生なら任せられる、安心して手術を受けられると直感した。
その後、「痛くないようにお願いします」と頼んだ。
診察が済むと、2日後の緊急手術(硝子体手術)に向けて、さらに詳しい検査をすることに。
お昼ごはんを食べる間もなく、いつの間にか午後になっている。
1日の付き添いを誰かにお願いしなくてはいけない。
YUIは、元那がインフルで1日は身動きが取れないし、夫は、メキシコだし。。。
職場の先輩スタッフに電話し、お願いしてみたら、快く引き受けてくれ、
まずは、付添いを確保。
結局、すべての検査を終え、再度、先生の診察を受け、すべて終わったのが、午後4時過ぎ。
私と同じ初診で来て、手術を受けることを決めたNさんと横浜駅へ一緒に向かい、食事をして
別れ、帰宅したのが午後6時過ぎ。
そこから、えりすのことをオハナちゃんちにお願いした。
長い一日だったけど、覚悟は決まった。
2度目の眼底出血 (その3) [左眼の網膜裂孔]
1月28日(土)
単身赴任中の夫が戻り、えりすのお散歩は、行ってもらう。
夕食時に夫に、深作眼科の診察を受ける事を話すと
「S医大病院に通っているんだし、8月の眼底出血の時には、自然治癒で治ったのだから、
そのままS医大病院で診てもらえばいいじゃないか?」とのたまう。
自分の事ではないから、左眼が出血で全然見えないことや本当にこのまま放置しておいて
大丈夫なんだろうか?という私の不安な気持ちは、全然わかっていないことが
かなり頭に来た
これ以上、話しても無駄だと 口をつぐむ。
1月29日(日)
午前10時過ぎに 夫は、海外出張に向けて、リムジンバスのバス停に向かう。
疲れた週末だった・・・・。
2度目の眼底出血(その2) [左眼の網膜裂孔]
1月25日~26日
なるべく安静にするようにはしているものの、急には休めなかった池袋教室には25日、
行ってきた。
帰宅後、ソファーで横になって安静にするとやはり出血の塊がちらほら見えて
気になる。
「これは、8月の時みたいに 自然吸収するのは難しそうだなぁ・・・」と不安が募っていく。
26日は、1日中家にいたので、ネットで「 硝子体手術」について調べてみる。
昨年8月の時に、出血が自然に吸収されなければ、この手術になるとS医大の担当医からは
聞いていた。
通っているS医大の硝子体手術の症例数は、数百件と待ち時間に見て、白内障の手術数に比べると
格段に少ないのは、感じていた。
ネットでは、横浜の深作眼科がダントツの症例数で、日本で一番多いとわかった。
院長先生のブログは、なかなか強烈だけれど、でも日本で一番手術件数の多い眼科が
行ける距離にある・・・
勇気を出して、電話してみることに。
最初は、「予約が取れるのは、2月20日以降です。」と言われたが、
「左眼、眼底出血をしているので、全然見えないので、出来るだけ早く診てもらいたい。」と
伝えると、1月30日に予約を入れてくれた。
「混んでいるので、待ち時間はとても長いですが、その点だけは、踏まえて30日8時過ぎまでに
来院してください。」ということになった。
2度目の眼底出血 (その1) [左眼の網膜裂孔]
1月は、仕事がとても忙しくて、ブログのアップもままならない状態だった。。。
それでも月末に予定していたえりすと一緒に行く雪遊びの日を楽しみに頑張っていたのだけど。。。
1月24日 (火)
仕事先で、午前10時過ぎ、突然また左眼が墨を流したような状態に。
「あっ、これは、昨年8月の時と同じだ。。。眼底出血だ・・・」とわかった。
その後、上司に伝え、仕事は、午前11時で早退させてもらう。
帰宅するとえりすが「あれ~ ママ、早いね~」みたいな怪訝な顔をして迎えてくれた。
12月20日に大学病院の方は、前回の眼底出血での治療は終了していたので、「治療記録」を
渡され、かかりつけ医の方へ行くように言われていた。
なので、タクシーを呼び、かかりつけ医へ直行。
到着は、11時半過ぎ。
それから検査をしてもらう。
先生:「出血量が多くて、眼底が全然見えない。どうしても網膜を引っ張る力が強いからね。
切れてしまうのだろう。血液は、すぐに固まるから、たぶん、手術になると思う。
紹介状を書くから、大学病院へ行った方がいい」と。
それなら急ぎの方がいいと思い、かかりつけ医から、S医大へ電話をしてもらい、
その足で、大学病院へ行く。
待つ事2時間半ほど。
左眼は、瞬く間に出血が広がり、視力ゼロ
超音波診断を担当医から受ける。
「一応、剥離はないようなので、このまま様子をみましょう。
1週間後の1月31日に来てください。」と次回の予約表を渡され終わり。
8月に受診した時には、担当医の休みの日で、別の医師の診断だったが、その時には
止血剤が4日分処方された。。。
なのに今回は、その止血剤すら処方されない。。。
一応、「安静にしていればいいでしょうか?」と尋ねると、「はい。そうですね。
それと枕を高くして寝てください。」とそれだけ。
帰路、出血の塊が見えてきて、本当にこれで以前のように自然吸収されるのだろうか?と
ちょっと不安になってきた。
午後4時過ぎに帰宅して、疲れ切って、ソファーに横になると、直径3cmぐらいはある血液の塊
が見える。
だんだんと不安は増していくばかり・・・。